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青春小説としてのラヴクラフト

Lovecraft as a youth novel

■B-PASS別冊Pride Vision 02

■2002.01.31(Thu)発売

■特集"魔術的"

■発行:株式会社シンコー・ミュージック

■定価:1500円

『ネクロノミコン』、原題『アル・アジフ』。狂へるアラブ人アブドゥル・アルハザードが紀元730年頃に著したとされる禁断の魔道書であり、詳細に渡り記述された古の神々を呼び覚ます術や、死者を甦らせそれを支配する術等、その余りに邪悪な内容のため過去幾度となく焚書や発禁処分とされた歴史を持つ。しかし、アラビア語で著されたこの魔道書は秘密裏にギリシャ語やラテン語、英語、スペイン語等に翻訳され、現在ではラテン語版については15世紀版が大英博物館に、17世紀版がパリの国立図書館、ハーバード大学のワイドナー図書館、アーカムのミスカトニック大学付属図書館、ブエノス・アイレス大学図書館にそれぞれ保管されていることが知られている。とは言えこれら現存する『ネクロノミコン』は危険極まりない書物であるため厳重な管理の下に保管されており、残念ながら我々一般市民が容易に閲覧することは叶わない。また、これらの公的機関による所有の他にも、黒魔術の使徒達により内密に所有されているものが複数存在すると噂されてはいるが、真実の程は定かではない。現在『ネクロノミコン』はあらゆる国の政府機関、教会によって厳格に出版が禁止されている。

御存知の方も多いことと思うが、禁断の魔道書『ネクロノミコン』は20世紀最大の怪奇小説作家であるハワード・フィリップス・ラヴクラフト(1890-1937)の創造による架空の魔道書であり実在しない書物である。先にあげたそのいかにもな設定も、実は彼がその小説に真実味を持たせるべく創作した、架空の荒唐無稽なプロットである。

怪奇幻想を愛する者でH・P・ラヴクラフトの名を知らぬ者はいない。かのスティーブン・キングが最も敬愛する作家として彼の名を筆頭に挙げ、『エイリアン』のデザインを手がけたことで知られるスイスの画家H・R・ギーガーがその名も『ネクロノミコン』と言う名の禍々しい画集を発表し、また、ラヴクラフト原作と名のつく数多くのホラー映画(その多くが原作とは遥かにかけ離れた駄作ではあるのだが)が今もなお数多く制作されている程に、怪奇幻想を語る上でラヴクラフトは決して避けて通ることのできぬ、偉大なる作家である。冒頭に挙げた魔道書『ネクロノミコン』のプロットや彼が生み出したクトゥルフ神話(Cthulhuと綴り、発音が不可能であるため翻訳者によってもクトゥルー、ク・リトル・リトル等、諸説が存在するが本稿ではクトゥルフで統一させて頂くことにする)は彼の単独の作品で語られたものではなく、彼の複数の小説を通じて徐々に肉付けされ、さらにはラヴクラフト・スクールと呼ばれる彼と親交のあった小説家達の作品をも巻き込んで展開されることでその全貌を現していった壮大な一大体系である。ラヴクラフト・スクールの中には『サイコ』の原作者で知られる若き日のロバート・ブロックも所属しており、我が日本においても菊地秀行や栗本薫といった小説家達がクトゥルフ神話の世界観に基づいた作品を執筆する等、ラヴクラフトが現在の怪奇幻想界に与えた影響は計り知れないものがある。

ラヴクラフトが生み出し、後に弟子のオーガスト・ダーレスによって善悪二元論へと単純化されたクトゥルフ神話とは、我々人間がこの地球に登場する遥か以前に地球を支配していた《旧神》と《旧支配者》との地球の掌握権を巡る歴史である。地球を我が支配化に治めんと《旧神》に歯向かった《旧支配者》達は、《旧神》の怒りを買い長きに渡る闘いの末あるものは宇宙の果てに、あるものは太平洋の海底都市に、またあるものは氷に閉ざされた北極の荒野へと追放、封印される。しかし《旧支配者》達は再び地球の支配者たらんと欲し、この世に混沌をもたらすべく、黒魔術の使徒達を通じて復活の時を伺っているのである。

このクトゥルフ神話の聖典とされるのがラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」である。「クトゥルフの呼び声」は繊細な感覚を持った芸術家が見た悪夢をその発端に、狂暴化する精神病患者達、その活動を活発化する邪教団らを通じて徐々に明らかになる《旧支配者》クトゥルフの復活を描いたラヴクラフトの傑作小説である。

微震がニューイングランドを襲った夜、ウィルコックス青年は「粘液をしたたらせる巨大な石材から成る巨人族の大都の光景」(以下引用は創元推理文庫『ラヴクラフト全集2』「クトゥルフの呼び声」より)の悪夢を見る。そのあまりに奇怪な悪夢を彼は夢うつつに薄肉浮彫りに印し、古代碑文字の権威として知られるエインジェル老教授のもとに持参する。彼が書きとめた薄肉浮彫りは「象形文字らしい線の羅列」に加え、「章魚(たこ)と竜と人間のカリカチュアを一緒くたに表現」した怪物の図象が描かれおり、夢の中で地下から単調な響きで《クトゥルフ》、《ル・リエー》と繰り返し聞こえてきたというのである。ウィルコックス青年は微震が起こった1925年3月1日から3月23日まで繰り返し同様の悪夢を見続け、3月23日から原因不明の高熱を発し4月2日まで意識不明に陥った後、不思議なことに4月2日を境に意識を回復し、以降彼にこの悪夢は訪れなくなる。エインジェル老教授は彼が見た一連の悪夢がニューオリンズで17年以上前に起こった邪教団の事件と奇しくも一致する点を重視し、調査を開始する。その事件とは、「どこか人間臭さが漂っているものの、頭は章魚(たこ)にそっくり、何本かの触手が顔から伸び、鱗に覆われた胴体に爪の長い前足と後足、そして背中には細長い翼」を持った邪神像を崇める狂信者達による禍々しい人身御供の儀式の摘発事件であった。警察により捕らえられた彼ら狂信者達が語ったところによると「海底の大いなる都ル・リエーの隠れ家に眠るクトゥルフが立ち上がって、神神の言葉をもって信徒たちに呼びかけ、ふたたび地球の支配者となる」というのである。調査を続けるエインジェル老教授はやがて謎の急死をし、その資料を相続した語り手である「ぼく」はさらなる調査により、恐るべき結論に辿り着くのであった。

《旧支配者》クトゥルフの復活により引き起こされる恐るべき混沌が、緻密に構成された文章を進めるにつれ様々な事件から明らかになっていく様は、人間が大いなる存在の前ではいかに無力でちっぽけな存在で儚いものであるかを我々の前に提示する。この大いなる混沌と人間の無力なる恐怖こそがラヴクラフトが生み出したクトゥルフ神話の真髄であり、後にオーガスト・ダーレスを中心として展開された完全善悪二元論化されたクトゥルフ神話体系とは大いにその方向性を異にするものである。この「クトゥルフの呼び声」の他、ラヴクラフトは「ダニッチの怪」では魔道書『ネクロノミコン』を用いた黒魔術により《旧支配者》ヨグ=ソトホースを召還せんとする顛末を、「インスマウスの影」ではマサチューセッツ州の寂れた街インスマウスにはびこる半人半魚を祭るダゴン秘密教団の恐怖を描く等、複数の作品でクトゥルフ神話を展開している。

しかし、ラヴクラフトは20世紀最大の怪奇小説作家として知られる一方で、かなりの悪文家としても名高い作家である。過剰な装飾語を多用し、好んで古色蒼然とした文体を用いたそのスタイルは非常にくどくどしく、あたかも彼が三流のゲテモノ怪物作家であるかのような印象すら与えかねない。実際ラヴクラフトに対するそのような批判は数多く見られるし、世間一般の良識ある方々の彼に対する印象はそういった程度のものであろう。にも関わらず彼が怪奇幻想を好む多くの人間に影響を与え、狂気の天才作家エドガー・アラン・ポオにも匹敵せんばかりの人気を勝ち得ているのは何故か?

それは彼の小説が「青春小説」であるからに他ならない。

何を突拍子のないことを、と思われるかもしれないが、『ネクロノミコン』やクトゥルフ神話といったそのプロットの奇抜さもさることながら、ラヴクラフトが人々を惹き付けて止まぬのは、ラヴクラフトの小説には一環して彼の人間としての恐怖が横たわるからである。それは彼の作品に現れる邪悪な神々の降臨や黒魔術による死者の蘇生、未知の生物の侵略といった表面的な恐怖の主題ではなく、ラヴクラフトという一作家個人が人間として生きていく上での社会に対する恐怖や、悩み、苛立ち、孤独を意味する。人間であれば誰しもがその思春期に体験するであろう自己の存在基盤に対する脆弱さに対する恐怖。何故自分は産まれてきたのだろうといった疑問。憎んでいる両親に自ずと似てよっていかざるを得ない家系という名の血の恐怖。周囲の明るい友人達とは自分が異なる価値観を持つことの違和感。アウトサイダーとしての孤独。女性に対する少年達の恐れと憧れ。そういった人間としての思春期の恐怖がラヴクラフトの小説には横たわっているからこそ、彼の小説は大いなる支持を得ているように思われてならない。勿論、そういったラヴクラフトの個人的な恐怖感といったものは作品の前面には現れていないし、主題は黒魔術や外宇宙からの旧支配者達による混沌の恐怖にある。しかし、人生で最も多感な時期に感じる不定形の不安、漠然とした恐怖と非常に似た波長がそこにはある。

実際のところラヴクラフトはアウトサイダーであった。二歳でアルファベットを覚え、四歳で聖書を読むことができたという早熟でいくぶん天才的であった彼は、生来の虚弱な体質のため学校も長期欠席をせざるをえない環境の下、ノイローゼ気味の母親の盲愛を一身に受けて育つ。そして同世代の少年達と遊ぶこともなく、彼は学校での授業を受けるかわりに自宅書斎の膨大な書籍に埋もれ孤独な少年時代を過ごしたのである。十八歳になっても相変わらず健康状態がすぐれず、原因不明の頭痛と不眠症といった神経症に悩まされていた彼は、大学への進学を諦め母と叔母と共に半ば隠遁者のような社会から孤立した生活を送り、日夜奇怪な夢想に耽っては自己の悪夢を小説として書き連ねて行く。そして母親の発狂死を経て三四歳にして結婚、やがて訪れる結婚生活の破綻・離婚と、社会から隔絶された生活、安眠を脅かす悪夢、そんな生活の中で彼の小説は生まれた。

彼の初期の代表的作品に正に「アウトサイダー」なる作品がある。ポオの影響を濃厚に漂わせ、後に彼自身が「無意識とはいえ、ポオの模倣が最高潮に達した」(創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』作品解題より)作品であり「大げさな言葉づかいが滑稽なほど」(同)と評価を下している作品ではあるが、この初期の作品ほど彼の小説の根底に流れるものが何であるかを端的に示している作品はない。

しかしながら、「アウトサイダー」は決してうまく構成された小説とは言いがたい。読んでいる最中にその結末に気付く読者は多いことであろうし、実際私自身も途中でその結末に半ば気付いてしまった。しかし、ポオを思わせるその濃密な文体や頽廃的な雰囲気もさることながら、激しい孤独感と世間から拒絶されることの苦痛が何よりも呪縛のごとく読み手に覆いかかってくる。それこそがラヴクラフト本人が抱いていた孤独感であり、恐怖である。光に満ちた世界に恋焦がれ、怯えながらも勇気を出しその光の輪の中へ手を伸ばす。しかしその瞬間、眩過ぎる光に射抜かれ酷い火傷を負い、悲しみと共に再びもとの闇へと、より深い闇へと沈み込む。そんな苦しみに満ち満ちているからこそ、ラヴクラフトの小説は我々の共感を呼ぶ。

もう一度言おう。ラヴクラフトは「青春小説」である。しかしそこに愛や安らぎはない。あるのは黒魔術によって呼び覚まされし邪神や、忌まわしき魔物、死者を食らう屍食鬼達の群ればかりである。にも関わらずそれが「青春小説」たりうるのは、ラヴクラフトのアウトサイダーとしての個人的な、そして幾分か幼稚じみた恐怖が我々を捕らえて離さないからである。もし貴方が人生の最も多感な時期にラヴクラフトと出会えることが出来たならば、幸いである。そこに横たわるラヴクラフトの恐怖に貴方は心の底から怯えると同時に、不思議な共感を覚えることであろう。怪奇幻想という名の甘美なる闇がそこにはある。そしてそれは、決して大人になってからでは味わうことのできぬ、貴重な感覚なのである。