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H・P・ラヴクラフト

Howard Phillips Lovecraft(1890-1937)

ラヴクラフト。怪奇小説の世界では有名な作家である。怪奇小説を愛する者でこの名を知らないという人間はいないと言ってもよかろう。かのスティーヴン・キングがラヴクラフトを敬愛している、と言えば一般的にその凄さが分かっていただけるだろうか。

彼の文体は残念ながら小説家としてはあまり高い評価を受けていない。非常に過剰な装飾語を多用し、主述が不明確であるという批判はそれこそいくらでも見受けるし、悪文家としても名高い。しかし逆説的ではあるが、彼の素晴らしさは逆にそこにこそあるとも言える。まるで何かに取り憑かれたかのように描写をする彼の文体は、それを信じている者だけが、その悪夢の中で生きている者だけが伝えることのできる恐怖を我々に投げかけているのである。

まさにラヴクラフトの魅力はそこにある。ラヴクラフト自身が抱いていた社会に対する恐怖心や自らの血筋に対する恐れ、そういったややもすると幼く未熟な恐怖心を、読み手自身の恐怖心と重ね合わせることができるかどうか、そこでラヴクラフトへの評価は大きく変わる。最も多感な思春期に感ずる不定形の恐怖、自らが大人になることへの恐れ、そういった思いがラヴクラフトと重なる時、その人にとってラヴクラフトは生涯を通じて最高の怪奇小説家となるのである。

また、彼の怪奇小説には大きな特徴がある。それはクトゥルフ神話である。これは発音不可能な文字の為、翻訳者によってクトゥルーであったり、ク・リトル・リトルであったりするのではあるが、私は個人的にクトゥルフが好きなので、このサイトではクトゥルフで統一することにする。そのクトゥルフ神話とは、我々人間がこの地球を支配する以前に宇宙からの大いなる支配者達が地球を支配しており、我々人間はその暗黒の神々の神殿の形跡や、彼らの眠りを妨げることによって、精神と生命の大いなる危機に直面する、というものである。このクトゥルフ神話は小説単品で描かれるのではなく、クトゥルフ神話体系に属する複数の小説によって徐々にその輪郭を現すという点が特徴的であり、またラヴクラフト・サークルと呼ばれる一連のオーガスト・ダーレスやロバート・ブロックらの小説家達の作品も巻き込んで展開されたのも特徴である。コアなラヴクラフト・ファンはダーレスが後に完全に善悪二元論として体系づけたクトゥルフ神話を嫌い、ラヴクラフト本人のものこそが真のクトゥルフ神話であり、真の混沌なのである、と主張するが、私もそれに全く同意見である。

ラヴクラフトの著作は数多くの出版社から出版されているが、現在最も入手しやすいのはやはり創元推理文庫の全集であろう。1974年から開始された全集の翻訳作業は、ラヴクラフトが添削・補作した作品を収めた別巻の2007年の出版に至り、33年の長きに渡って遂に完結した。頓挫することなく出版を続けた東京創元社及び、翻訳者の大瀧啓裕氏の功績は、大いに称賛されるべきものである。そしてこの全集でラヴクラフティアンとして目覚めたならば、是非、国書刊行会の怒涛の全集へも収集の手を伸ばしてみて欲しいと思う。絶版であるため入手は困難であるものの、H・R・ギーガーの画による装丁も含め、あなたの書棚に暗黒の精神世界を作り出すこと請け合いである。