■ 近年の映画作品に見るゴシック的イメージ
近年に制作された映画で視覚的にゴシック・ロックとの共通項を最も見出しやすい映画としては、アメコミの映画化作品である『クロウ』(1994)がその筆頭に挙げられるだろう。ブランドン・リーの遺作となったことで評価が高まった本作であるが、ブランドン・リーの白塗りメイクはまさしくゴシック以外の何物でもない。残念ながら『クロウ2』(1996)ではそのメイクがやや道化的になってしまったものの、『クロウ』でブランドン・リーが見せた白塗りメイクは、イギリスのSpecimenや、日本のAuto-Modと言ったポジティブ・パンク達を彷彿とさせる。勿論ポジティブ・パンクのバンド達がほどこしていたメイクは、より毒々しく奇怪なものではあるのだが、アメコミ特有の暗い質感、コントラストが強調された美しい映像も伴って、『クロウ』はゴシック的な美を感じさせる秀作であったと言えよう。
『クロウ』と同じく、アメコミを原作として持つ作品では、『バットマン』(1989)、『バットマン・リターンズ』(1992)もまた闇を強く持った作品であった。ティム・バートンが監督をしたこの二作品は、暗い色調の中、ヒーローもアンチヒーローも共に心に傷を負った者であり、闇を抱えた人物として描かれたことが特徴として挙げられる。ティム・バートンが監督を退いた後のシリーズは形骸化した悪しき模倣として質が著しく低下したものの、彼が直接手がけた二作品に関しては彼の繊細で独自の美意識に基づいた作風によって、屈折した精神世界がうまく描かれていた。それ故にダークヒーローたるバットマンはゴシックを嗜好する我々と同じ傷を抱えた孤独な人間として、ロマンティシズムを強く刺激する。
また、ティム・バートン監督初のホラー作品である『スリーピー・ホロウ』(1999)は正統派ゴシック・ホラーとしての風格を持った良質な作品であった。殆どが血縁者から構成される霧立ち込める村の重苦しい雰囲気、耽美的な色彩、首無し騎士の禍々しい存在感、ティム・バートンの細部にまで拘った独特のセンス等、その芸術的で完成度の高い映像はゴシックを愛する者ならば、必ずしや気に入るものと言える。ホラー映画と一括りにしてしまうと、80年代のスプラッター・ムービーに代表されるどろどろぐちゃぐちゃな映像を連想するためか敬遠する方が多いように思われるが、ゴシック・ホラー、もしくは怪奇映画と呼ばれるこの手の作品は闇を嗜好する全ての人にとって魅力的な世界観を提示するものが多い。頽廃的な美意識に基づいた映像、古風な衣装や装飾、そして何よりも屈折したロマンティシズム。怪奇映画の根底に流れるこれらの美意識はゴシック的な闇に満ち満ちている。
ゴシック・ホラーと呼ばれる近年の作品では、アン・ライス原作のヴァンパイア・クロニクル・シリーズの映画化第二弾作品である『クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』(2002)もゴシックを愛する者ならば外すことはできない。前作『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994)で現代の目まぐるしい時代の変化についてゆけなくなった吸血鬼レスタトが、遂に力を取り戻しロック・スターとして世界中に姿を現す本作は、ロックという文化を明示的に取り込んだことで嫌が上にもゴシック・ロックを想起させる作品である。レスタトのライブ会場に足を運ぶファン達がハロウィンの仮装パーティーよろしく滑稽な衣装に身を包み、三又の槍をアイドルに対して向けるペンライトのごとく振りかざすライブ・シーンは笑いを禁じえなかったが、ゴシック・ロックが吸血鬼や怪奇幻想と密接な関係性を持っていることを明確に打ち出したことは良い着眼点であったと言えよう。