■ 怪奇映画の系譜
では、映画の世界に話を戻そう。『吸血鬼ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』に代表されるゴシック・ホラーの映画化作品では、フランシス・フォード・コッポラが『ドラキュラ』(1992)を制作したことで90年代に映画界におけるゴシック・リバイバルとも言えるブームを巻き起こしたのが記憶に新しい。この大作がヒットしたことを受け正統派の怪奇映画は再び銀幕に返り咲き、ロバート・デ・ニーロ主演の『フランケンシュタイン』(1994)、ジャック・ニコルソンが狼男を演じた『ウルフ』(1994)、ジュリア・ロバーツがジキル博士の下女を演じた『ジキル&ハイド』(1995)等が相次いで制作された。豪華なキャスティングで恋愛と怪奇幻想を織り交ぜたこれらの作品は、80年代の低俗で劣悪なスプラッター・ムービーにうんざりしていた人々のホラー映画に対する認識を改めさせることに成功した。恐怖や闇はかくも美しく、幻想という名の甘美な陶酔を生み出すものなのだ、と。
当コラムを読んでいる方々も、これらの90年代に制作されたゴシック・ホラーの幾つかは目にしたことがあるだろう。しかし、それだけで満足してはいけない!先ほど90年代のこれらの映画をゴシック・リバイバルと呼んだことからも分かる通り、ゴシック・ホラーは映画の創生期から連綿と作られ続けて来ているのである。ゴシックであることを自称する者ならば、90年代のゴシック・ホラーやアン・ライスといった昨今の作品だけに留まっていてはいけない。古き怪奇映画の世界へと足を踏み入れ、その頽廃的な美意識に彩られた映像を肌で感じ取り、自らの感性をより鋭く研ぎ澄ますべきである。
では、ゴシック的なる怪奇映画とは一体いつまで遡ればよいのだろうか?ここのところ国内盤DVDのリリースラッシュが相次いでいるハマー・ホラーが全盛を誇った1950年代末から70年代であろうか?確かに『フランケンシュタインの逆襲』(1957)や、『吸血鬼ドラキュラ』(1958)に始まるハマー・ホラーは独特の色彩に加え、低予算であることを感じさせないゴシック調のセットが素晴らしかった。190cmを超える痩身に荒々しくも気高き雰囲気を伴わせたクリストファー・リーのドラキュラや、青く鋭い瞳に知性と狂気を覗かせるピーター・カッシングのフランケンシュタイン男爵に私のような怪奇映画ファンはトキメキに似た思いすら馳せる。しかしハマー・ホラーはゴシック的と言うよりは、ややホラー寄りと言えようか。では、さらに時代を遡って1930年代から40年代にかけてのユニヴァーサル・ホラーはどうだろう?稀代のドラキュラ俳優ベラ・ルゴシ、表情や仕草だけでフランケンシュタインの怪物を雄弁に演じ切ったボリス・カーロフの二大怪奇俳優に代表されるユニヴァーサル・ホラーは古典としての揺るぎない地位を確立した傑作揃いである。モノクロの映像による光が細部にまで行き届かないが故の恐怖感、文芸作品を思わせる優雅さ、モンスター造形の素晴らしさ、往年のユニヴァーサル作品はハマー作品以上にゴシック的な造形美を感じさせる。『魔人ドラキュラ』(1931)でのドラキュラ城大ホール、『フランケンシュタイン』(1931)の怪物が暗闇よりぬっと出でるシーン等は、是が非でも見ておかねばならぬ屈指の名シーンと言える。しかし、私が最も強力に推したいのは、時代をさらに遡りサイレント映画時代、ドイツ表現主義である!