H・P・ラヴクラフト
著者:H・P・ラヴクラフト
訳者:大西 尹明
出版社:東京創元社
発売日:1974.12.23
[収録作品]
インスマウスの影
壁の中の鼠
死体安置所にて
闇に囁くもの
20世紀最大の怪奇小説作家ラヴクラフト。現在最もラヴクラフトの著作で入手しやすいであろう創元推理文庫の全集第1巻。私がはじめてラヴクラフトに触れたのも本文庫であり、思春期に感じた恐怖の衝撃は今もなお色褪せていない。
特に全集の最初を飾る「インスマウスの影」は私にとって象徴的な位置づけとなる作品である。男性ならば声変わりをし、背が伸びると共に体格が変わり、髭が生えるようになり・・・といった、第二次成長期に皆が感ずるであろう、自分が自分ではない者に変化してしまうのではないか、という不定形の恐怖がこの小説にはある。青春時代の自分はこのインスマウスの影の中に、自己の不安や恐怖を重ねて怯えた。
ラヴクラフトの文体は残念ながら小説家としてはあまり高い評価を受けていない。非常に過剰な装飾語を多用し、主述が不明確であるという批判はそれこそいくらでも見受けるし、悪文家としても名高い。しかし逆説的ではあるが、彼の素晴らしさは逆にそこにこそあるとも言える。まるで何かに取り憑かれたかのように描写をする彼の文体は、それを信じている者だけが、その悪夢の中で生きている者だけが伝えることのできる恐怖を我々に投げかけている。
だからこそ、ラヴクラフトは私のように不安定な思春期に触れると取り憑かれてしまうのである。大人になってからでは決して味わうことのできない不定形の恐怖。やはりラヴクラフトは、我々闇を嗜好する者にとっての青春小説なのである。
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