H・P・ラヴクラフト
著者:H・P・ラヴクラフト
訳者:大滝 啓裕
出版社:東京創元社
発売日:1984.03.30
[収録作品]
ダゴン
家の中の絵
無名都市
潜み棲む恐怖
アウトサイダー
戸口にあらわれたもの
闇をさまようもの
時間からの影
資料:履歴書
本書から翻訳者が大滝啓裕氏にバトンタッチして、その後ラヴクラフト翻訳は大滝氏のライフワークとなったのは皆様御存知の通り。本書はラヴクラフトの作品だけではなく、ラヴクラフト自らの手による自伝的書簡を訳した「履歴書」が収録されており、第3巻の魅力はここにあるといっても過言ではない。
この「履歴書」は文通魔であったラヴクラフトが1934年にF・リー・ボールドウィン宛に送った書簡の一部翻訳であり、ラヴクラフトがどのような物事に影響を受けて育ち、どのような物を愛し、どのような思想を持っていたかを窺い知ることができる一級資料となっている。一部に人種的偏見を強く感じさせる記述があるものの、1890年に産まれたラヴクラフトの時代背景を考慮すれば、それはある程度仕方のないことであろうか。
また、巻頭に収録されている「ダゴン」は「ウィアード・テイルズ」にラヴクラフトの小説が初めて掲載された記念すべき作品である。昨今ではインターネットを中心としたサブカルチャーに取り込まれたことによって「窓に!窓に!」というラストの顛末が揚げ足を取られ擦られすぎてしまった感もあるが、この展開に身を震わすことができぬ者はそもそも怪奇幻想の世界の住人ではないように私は思う。
いかに死を目前にした者が最期の瞬間まで執筆を続けているという構成が不自然で滑稽であろうとも、ラヴクラフトが執拗に書き連ねる過剰な言葉の波に酔いしれ、狂気に支配されていく「わたし」と共に忍び寄る恐怖を追体験できぬ者は「こちら側の世界」が向いていないのである。怪奇幻想を愉しむためには、屈折した純粋さとある種の幼稚さが必要なのであり、それを持ちえぬ者は決してラヴクラフトに心酔することはできないのである。そういった意味で「ダゴン」はラヴクラフトを愛することができるかどうかの踏み絵と言える。全集も3巻目を迎え、この先もラヴクラフトを追い続けることができるかどうか、読者は試される。
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