Bedlam (1946)
Director:マーク・ロブソン
Cast:ボリス・カーロフ / アンナ・リー / ボロー・ハウス / リチャード・フリジャー
Production Company:RKO
『キャット・ピープル』(1942)で低予算B級怪奇映画路線を確立したRKOのヴァル・リュートンがボリス・カーロフを主演に据えて制作した怪奇色の強いサスペンス。邦題のおどろおどろしさや、ボリス・カーロフの名につられてショッキングな怪奇映画を期待して観ると少々肩透かしをくらうが、人間の欲望や善と悪をテーマとした物語は実によくできており、低予算ながらもさすがはヴァル・リュートン作品と唸らせる作品である。
18世紀のロンドン。精神病院を支配するシムズは政治家モーティマー卿に取り入りその身の保身を図る一方で、病院の患者達を劣悪な環境下に置き、それを市民に有料で見せては私腹を肥やす狡猾かつ残忍な男だった。そんなシムズの態度に不快感を抱いたモーティマー卿の庇護にいたネルは、モーティマー卿を説得し病院の環境改善を求める。しかし、シムズの計略にかかりネルは患者として精神病院へと入院させられてしまう・・・。
有力者であるモーティマー卿に対しては媚びへつらいながらも、自分よりも弱者である患者達に対してはひどく尊大で残忍な態度をとる二面性のある精神病院の院長シムズを怪奇映画俳優ボリス・カーロフがその性格俳優ぶりを如何なく発揮し演じている。シムズは頭の回転が早く、ひどく狡猾であり、決して自ら手を下した結果とはならぬよう会話を操作する術に長けている。ネルを独房へと追いやる際もネルのプライドを利用し、自らの意思で独房へと入らざるをえないよう仕向ける等、まさにぞっとするキャラクターである。個人的には本作品のカーロフの演技は彼のベストアクトの一つであると言えるのではないか思う。
本作品はシムズのその醜い人間性にはじまり、とにかく人間の醜い感情や欲望という部分が非常によく描かれている。モーティマー卿のシムズに対する扱いが上がったことを敏感に感じ取り態度を一変させる小姓。ネルが精神病院に対して同情をし、その環境の改善をうたっていながらも自らがその環境に置かれると患者に対して明らさまに嫌悪を示す様。そこから脱出するためにネルが自らの美しい容姿を利用してクェーカー教徒から武器を入手する様等、決して怪物や殺人鬼等が出てくるわけではないのにも関わらず、背筋が寒くなるのは人間が普段は理性で隠している醜い本質が徹底的に描かれているからに他ならない。低予算映画とは言え、やはりヴァル・リュートン作品はあなどれない。
なお、精神病院の患者達がシムズを裁判にかける辺りは、明らかに『M』(1931)を意識していると思われ、思わずにやりとしてしまうシーンである。
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