The Fly (1958)
Director:カート・ニューマン
Cast:アル・ヘディソン / パトリシア・オーウェンズ / ヴィンセント・プライス / ハーバート・マーシャル
Production Company:20世紀フォックス
今更説明するまでもなく、デビッド・クローネンバーグ監督によるリメイク作品、『ザ・フライ』(1986)の原典であり、ジョルジュ・ランジュランの『蝿』の映画化作品。『ザ・フライ』で強烈な特殊メイクで描かれた蝿男と比較すると、やはり本作の蝿男は技術的な制約によるインパクトの弱さが否めないが、その分怪奇映画の手法で撮られた「敢えて見せない」雰囲気の盛り上げ方が秀逸な古典怪奇SFの傑作である。
自らを実験材料とした物質転送実験に失敗した科学者アンドレが頭巾を被ってその顔を見せないという演出。喋ることができずタイプライターやノックの回数で会話をするという秀逸な展開。部屋で追い詰めた蝿が窓の割れ目から外へと飛び出してしまう際の演出等、題材は基本的にSFではあるものの、怪奇映画の雰囲気やサスペンス映画の演出をうまく取り入れた本作はヒットを飛ばし、『蝿男の逆襲』(1959)、『蝿男の呪い』(1965)と続編2作品を排出している。
本作の中で最も私が感心したのは、蝿男と化したアンドレの頭巾を取り去った妻エレーヌがその頭部に怯え悲鳴をあげるシーンである。この際に僅か数ショットではあるが、アンドレの複眼を通した妻エレーヌが画面上全体にくまなく幾重にも映し出されるという趣向が施されている。この演出は奇怪な映像を用いた単なるショッキングな演出だけに留まらず、自らの愛する妻の恐怖に歪んだ顔を視界全体に見なければならぬ、アンドレの悲劇をも描いている。この瞬間、恐るべき変異に対する恐怖と苦痛を最も感じているのは他ならぬアンドレ本人であり、しかもそれを表情や言葉で表現することはあたわぬのである。観客の想像力を掻き立てる最高のシークエンスであると共に、この演出の素晴らしさを感じ取ることができるかどうかで本作品に対する評価は一変してしまいかねぬ、優れた映像であると言えよう。
一般的には蝿男のあまりに奇抜なメイクがイメージとして先行しているため、中々食指を伸ばすのに戸惑いを感じる作品であるかとは思うが、ラストのセリフに至るまで丁寧に作り込まれた傑作である。『ザ・フライ』が余りに雄弁に語りすぎた悲劇が物言わぬ形でそこにはある。是非御一見を。
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