■ 20世紀最大の怪奇小説作家ラヴクラフト
怪奇幻想を愛する者でH・P・ラヴクラフトの名を知らぬ者はいない。かのスティーブン・キングが最も敬愛する作家として彼の名を筆頭に挙げ、『エイリアン』のデザインを手がけたことで知られるスイスの画家H・R・ギーガーがその名も『ネクロノミコン』と言う名の禍々しい画集を発表し、また、ラヴクラフト原作と名のつく数多くのホラー映画(その多くが原作とは遥かにかけ離れた駄作ではあるのだが)が今もなお数多く制作されている程に、怪奇幻想を語る上でラヴクラフトは決して避けて通ることのできぬ、偉大なる作家である。冒頭に挙げた魔道書『ネクロノミコン』のプロットや彼が生み出したクトゥルフ神話(Cthulhuと綴り、発音が不可能であるため翻訳者によってもクトゥルー、ク・リトル・リトル等、諸説が存在するが本稿ではクトゥルフで統一させて頂くことにする)は彼の単独の作品で語られたものではなく、彼の複数の小説を通じて徐々に肉付けされ、さらにはラヴクラフト・スクールと呼ばれる彼と親交のあった小説家達の作品をも巻き込んで展開されることでその全貌を現していった壮大な一大体系である。ラヴクラフト・スクールの中には『サイコ』の原作者で知られる若き日のロバート・ブロックも所属しており、我が日本においても菊地秀行や栗本薫といった小説家達がクトゥルフ神話の世界観に基づいた作品を執筆する等、ラヴクラフトが現在の怪奇幻想界に与えた影響は計り知れないものがある。
ラヴクラフトが生み出し、後に弟子のオーガスト・ダーレスによって善悪二元論へと単純化されたクトゥルフ神話とは、我々人間がこの地球に登場する遥か以前に地球を支配していた《旧神》と《旧支配者》との地球の掌握権を巡る歴史である。地球を我が支配下に治めんと《旧神》に歯向かった《旧支配者》達は、《旧神》の怒りを買い長きに渡る闘いの末あるものは宇宙の果てに、あるものは太平洋の海底都市に、またあるものは氷に閉ざされた北極の荒野へと追放、封印される。しかし《旧支配者》達は再び地球の支配者たらんと欲し、この世に混沌をもたらすべく、黒魔術の使徒達を通じて復活の時を伺っているのである。