■ アウトサイダーとしての孤独
実際のところラヴクラフトはアウトサイダーであった。二歳でアルファベットを覚え、四歳で聖書を読むことができたという早熟でいくぶん天才的であった彼は、生来の虚弱な体質のため学校も長期欠席をせざるをえない環境の下、ノイローゼ気味の母親の盲愛を一身に受けて育つ。そして同世代の少年達と遊ぶこともなく、彼は学校での授業を受けるかわりに自宅書斎の膨大な書籍に埋もれ孤独な少年時代を過ごしたのである。十八歳になっても相変わらず健康状態がすぐれず、原因不明の頭痛と不眠症といった神経症に悩まされていた彼は、大学への進学を諦め母と叔母と共に半ば隠遁者のような社会から孤立した生活を送り、日夜奇怪な夢想に耽っては自己の悪夢を小説として書き連ねて行く。そして母親の発狂死を経て三四歳にして結婚、やがて訪れる結婚生活の破綻・離婚と、社会から隔絶された生活、安眠を脅かす悪夢、そんな生活の中で彼の小説は生まれた。
彼の初期の代表的作品に正に「アウトサイダー」なる作品がある。ポオの影響を濃厚に漂わせ、後に彼自身が「無意識とはいえ、ポオの模倣が最高潮に達した」(創元推理文庫『ラヴクラフト全集3』作品解題より)作品であり「大げさな言葉づかいが滑稽なほど」(同)と評価を下している作品ではあるが、この初期の作品ほど彼の小説の根底に流れるものが何であるかを端的に示している作品はない。
しかしながら、「アウトサイダー」は決してうまく構成された小説とは言いがたい。読んでいる最中にその結末に気付く読者は多いことであろうし、実際私自身も途中でその結末に半ば気付いてしまった。しかし、ポオを思わせるその濃密な文体や頽廃的な雰囲気もさることながら、激しい孤独感と世間から拒絶されることの苦痛が何よりも呪縛のごとく読み手に覆いかかってくる。それこそがラヴクラフト本人が抱いていた孤独感であり、恐怖である。光に満ちた世界に恋焦がれ、怯えながらも勇気を出しその光の輪の中へ手を伸ばす。しかしその瞬間、眩過ぎる光に射抜かれ酷い火傷を負い、悲しみと共に再びもとの闇へと、より深い闇へと沈み込む。そんな苦しみに満ち満ちているからこそ、ラヴクラフトの小説は我々の共感を呼ぶ。
もう一度言おう。ラヴクラフトは「青春小説」である。しかしそこに愛や安らぎはない。あるのは黒魔術によって呼び覚まされし邪神や、忌まわしき魔物、死者を食らう屍食鬼達の群ればかりである。にも関わらずそれが「青春小説」たりうるのは、ラヴクラフトのアウトサイダーとしての個人的な、そして幾分か幼稚じみた恐怖が我々を捕らえて離さないからである。もし貴方が人生の最も多感な時期にラヴクラフトと出会えることが出来たならば、幸いである。そこに横たわるラヴクラフトの恐怖に貴方は心の底から怯えると同時に、不思議な共感を覚えることであろう。怪奇幻想という名の甘美なる闇がそこにはある。そしてそれは、決して大人になってからでは味わうことのできぬ、貴重な感覚なのである。