Nosferatu (1922)
Director:フリードリッヒ・W・ムルナウ
Cast:マックス・シュレック / アレクサンダー・グラナッハ / グレタ・シュローダー / グスタフ・フォン・ワンゲルハイム
Production Company:プラナ・フィルム
禿げ上がった頭、鼠のような顔、長く伸びた爪。大半の人はその姿から不吉で悪魔的な印象を受けはするであろうが、これが吸血鬼、しかもブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を改変した物語の主役であるとは思いもよらないかもしれない。この『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)は現代の我々が抱く一般的なドラキュラ像とはあまりに掛け離れたグロテスクな吸血鬼像で知られる、ドイツ表現主義時代の傑作映画である。
『カリガリ博士』(1920)や『巨人ゴーレム』(1920)に代表される、対象を写実的に捉えることなく、主観や個性のままにディフォルメするドイツ表現主義には、第一次世界大戦から第二次世界大戦前夜という時代背景もあってか、暗く怪奇的な雰囲気が濃厚に立ちこめているものが多い。本作も異様な禍々しさと重苦しい雰囲気に満ちた作品となっている。
多量の鼠を従え、黒死病と共に現れるオルロック伯爵は正に死の象徴であり、近年のやたらとロマンチックな吸血鬼像とは明らかに一線を画し、吸血鬼の本質を現している。不死であることの苦痛や苦悩等はアン・ライスに代表される近年の吸血鬼の定番解釈であるが、私はそんなロマンティシズムは吸血鬼には不要であると思っている。そもそも吸血鬼は中世東欧社会における裏返しの社会規範に発する民間信仰であり、馬鹿げた少女漫画の世界観など、そもそもそこには存在しないのである。吸血鬼こそは死の象徴であり、恐怖の体現者である。
また、この『吸血鬼ノスフェラトゥ』は実験的な風変わりな演出が多いことでも有名であり、当時としては珍しく馬車の走行シーンをコマ落としで撮影していたり、オルロック伯爵の影が扉に忍び寄る演出等、現代の演出にも数多くの影響を与えたことでも有名である。
モノクロである上にサイレントであることから、恐らく古典的な怪奇映画を見慣れた人間でなくては少々取っ付きづらいものがあるやもしれぬが、明確な吸血鬼映画としては世界で最初の映画であり、吸血鬼映画を語る上では決して避けて通れぬ映画である。古典的な価値も含め、一見の価値のある映画と言えよう。
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